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„時間"という贈り物

トーマス・ボルグマン シュトゥットガルト新聞 2014年6月23日

“ロシアのヴェルサイユ宮殿“とも言われるペテルゴフ宮殿にはロシア・ツァーリ時代に製造されたアンティーク時計が数多く眠っている。シュトゥットガルト出身の時計職人ステフェン・コルネールはそれらの時計に再び命を宿すため、サンクトペテルグのペテルゴフ宮殿へ定期的に赴いている。渡航費も自己負担、宮殿から提供されるのは宿泊所や食事、そして文化プログラムのみ、その他の特別な報酬は一切ない。芸術的な時計の修復に挑戦を続ける39歳の若き時計職人の情熱に迫る

 

Steffen Cornehl in his workshop
工房にて撮影。アンティーク時計を専門とするシュトゥットガルト出身の時計職人、ステフェン・コルネール。 写真: Achim Zweygarth

 

シュトゥットガルトとサンクトペテルブルグ

 偶然とは得てしてこのように起こるものだ。90年代後半、ドイツ人時計師ステフェン・コルネールはペテルゴフ宮殿を訪ねるために、好奇心旺盛な一人の旅行者としてサンクトペテルブルグを旅した。ロシアのベルサイユ宮殿と言われているこの伝説の宮殿には、広範囲に渡って選りすぐられた数々の時計コレクションが所蔵されているが、時計の専門家であるコルネールがそれらを目にしたときに苛立ちながらも疑問を抱いた。「なぜ時計が動いていないのだろう、壊れているのだろうか」と。美術館の職員に聞いてみると、その答えは単純だった。宮殿に時計を修復できる技師がいないのである。それを聞いたコルネールは一つのアイディアを思いつき、専門家グループの中で優秀な時計職人に急いで声をかけた。以来、その時計専門家チームは高度な専門知識と技術によって不可能な修復を実現させるため、一年に1, 2回ほど宮殿を訪ねている。

 東シュトゥットガルト出身のステフェン・コルネール(39)はそのグループの一員である。「このプロジェクトは2002年から取り組んでいます。細かくて骨の折れる作業ですが、今年は約200台の時計を修復しました。それらは宮殿の常設展示で鑑賞できます」とコルネールは言う。ペテルゴフ宮殿との出会いのような偶然は、彼がアンティーク時計の秘密と魅力に支配される前に決まっていた運命だったのだろう。旧東ドイツ時代、コルネールはメクレンブルク・フォアポンメルンにある人口200人程度の村で生まれ育った。実家はパン屋兼ケーキ屋を営んでおり、当然父親は息子に家業を継いでほしいと願っていた。しかし、ドイツ再統一後に全く予期しない好機がその若者に訪れる。加えてコルネールは、「たしかに父親のような、自分の手で何かを作る職人になりたいとは思っていましたが、週末も働かなければいけないワークスタイルは嫌でした」と打ち明ける。尤も、現在彼は多忙な時計職人として週末も作業に追われる日々を送っているので、やはりこれも彼の運命だろう。

しかし、コルネールが最初に就いた職は意外にもリューネブルグの宝石店だった。ここでの3年間の修業中、彼に人生の転機が訪れる。「宝飾店の工房で開かれた講習会の際に弟子が時計を修理している様子を見た時、これはきっと楽しい、ぜひ自分も挑戦してみたい」とコルネールは当時の様子を回顧する。彼はその後ハンブルグの時計技術学校で、自分が金銀線細工業に必要な素質を十分持っていると確信した。「時計技師にとって大切な事は、技術に関する理解力、そして“コツ“と呼ばれるような技巧です」。

 

経験と勘

職業訓練時代には技師連盟から贈られる奨励賞を受賞し、2001年の卒業試験の制作が表彰されるなど、早くから頭角を現していたコルネールだが、彼にとって時計技師とはどんな存在なのだろう。芸術家、工芸家、それとも職人?その問いに彼は次のように答える。「芸術家ではないけれど、芸術的なものを作っていることには違いないと思います」。18,19世紀に製造されたアンティーク時計を取り扱う場合、時計職人に求められる事はまず第一に”豊富な経験”、その時代の時計芸術を”感じる力“、そして最後に、芸術とも言える宝飾品に再び命を吹き込ませる”直感”である – 尤も、時計に魂など宿っていないのだが。

特殊な世界を探していたコルネールにとって、飽くなき挑戦が求められる時計技術の領域はまさに天職だったのだろう。毎日毎夜ごく普通の時計を修理する生き方は、彼にとって全く興味を唆るものではなかったのである。加えて昨今の携帯電話やスマートフォン、そしてタブレット端末によって、日常で使用される時計の修理に対する需要が減っていくことに疑いの余地はない。

 サンクトペテルブルグに話を戻そう。今年の7月もコルネールは修復活動に取り組んでいる。ペテルゴフ宮殿で修復を始めた年と同じく、彼とチームメイトは10人編成のグループを4組作り、毎年夏に2週間ほど滞在する。ところで、気になるのは宮殿での活動の様子である。「実のところ、この修復活動は仕事ではなく、いわばボランティア活動なのです。渡航費は自分たちで負担し、宮殿の庭園内にある小さな古い館の中に簡素な部屋と美味しい食事が宮殿から提供されます」とコルネールは語る。その他にも、彼らのためにコンサートや演劇、バレエなどの催事が行われることもある。「もちろん、ロシア・ツァーリ時代の骨董品である時計コレクションの修復が第一優先です」と彼は強調する。

 広大な宮殿庭園内には数多くの館が点在しているが、その中の一棟がドイツ人時計技師のための工房として使われている。歴史的に価値のある時計は宮殿外への持ち出しが禁止されているため、時計職人が自分の道具を工房に置いておくことができるのだ。交換部品が必要な場合は職人がヨーロッパから自ら持参する。作業は全て手作業で行われていて、時には意匠を凝らした独特な方法で交換部品を自作しなければならないため、その作業工程には多くの時間と労力がかかる。

 

フィンランド湾の宮殿

 修復にあたり、専門家らは希少価値の高い時計を選ぶ。ロシア・ツァーリ時代の時計コレクションが全部で何点あるのかはコルネールでも把握していないが、出自不明の情報では350以上だとも言われている。しかし、確かなことは修復を必要とする台数が数年単位で終わるような数では決してないということである。美術館の保管庫に所蔵されている時計コレクションはまだ何点もあるようだ。コルネールらがこれまでに修復した珍しい時計コレクションの数々は宮殿の美術館で鑑賞できる。ロシアの観光都市で唯一フィンランド湾に面している街、サンクトペテルブルグ。この街の中心から30キロ離れたペテルゴフ宮殿には毎年数十万人もの人々が訪れる。宮殿は1714年にピョートル1世が建設を命じ、1723年に完成式典が催された。その後ピョートル1世の後継者たちが遺産によってこの宮殿を壮大で美しい世界のバロック建築の一つとして、そしてロシア史でも重要な役割を果たす地として確立させた。宮殿内にある趣向を凝らした噴水は特に有名で、1990年には約200ヘクタールの広大な面積を誇る噴水庭園が世界文化遺産に登録された。

 

 コルネールにとって、これらのヨーロッパ全土から収集された宝飾品の価値はあまり重要に思っていない。「コレクションの価値は時に何億という額にのぼることもあります。しかし、それは販売された場合であって、私たち修復士には全く関係ありません」。歴史的に価値のある懐中時計から立派な大時計まで、サイズに関係なくそれらが再び動けば当然価値も上がり、少なくとも専門家の間では修復された時計の評価も高まる。また、修復した時計技師は歴史的な時計を取り扱う専門家として認知され、技師連盟に登録されるとともに、その名声も飛躍的に上がるのだ。連盟に登録されている技師の何名かはインドのジョードプルにいるマハラジャ王のもとで従事している。コルネールに至っては、モスクワにある美術館が彼の修復活動に興味を示しており、先日までモスクワにいたそうだ。そしてドイツでも彼の腕を高く評価するコレクターも多くいる。

 戦時中に略奪された時計コレクションについて、コルネールは次のように語る。「私はまだそのような時計を修復したことはありません。しかし、コレクションの中には過去に略奪されたものもきっとあるのでしょう」。しかし、彼にとっては時計が持つ過去の政治的、歴史的な背景はさほど重要でないと言う。「私たち西欧の時計技師は戦時中にドイツ軍がペテルゴフ宮殿を占領していたけれど、最終的には宮殿を破壊せずに保存した事実を知っています。活動に参加している高齢の時計技師には、自分たちのボランティア活動をドイツ国が行った過去の過ちに対する償いとして参加しているものもいます」。一方で、グループ内で最年少であるコルネールはというと、そういった意識はない。曰く、「私はこのボランティア活動に取り組んでいますが、この機会は私にとって自分の腕を磨くチャンスであり、ペテルゴフ宮殿で得られる経験は今後の自分のキャリアに大きく影響するだろうと感じています」。

 コルネールは1998年からロイトリンゲンの宝石店で就労、そしてエスリンゲンでの機械工学と経営学修了の後、東シュトゥットガルトのロスベルグ通りに自分の工房を構えて活動している。彼は今後の綿密なプランが既にあるようだ。「アンティーク時計の修復を活動の軸としながら、オリジナルブランドの高級時計をデザイン、製造することが私の野望です」。そんな彼の腕には、自分で組み立てたスポーツウォッチが静かに光っている。彼の野望が実現する日はそう遠くないだろう。

シュトゥットガルト新聞に掲載された記事より。原文はこちら(独語)

南西ドイツ放送局のTV番組「バーデンヴュルテンベルク特集」

南西ドイツ放送局のTV番組「南西ドイツの街から」

ステファン・コルネール – 時計職人

  • 1995 – リューネブルグの宝飾店『ズュプケ』にて職業訓練修了。時計の世界に出会い、傾倒していく
  • 1997 – ハンブルグの時計技師専門学校専門職課程修了。成績優秀者に贈られる奨励賞を受賞する 同校にて様々な精密振り子時計を修復。ベルゲドルフ天文台のバネ式脱進機によるリーフラー天文時計の修復も手がける
  • 1998 – ロイトリンゲンの宝飾店『デッペリッヒ』に時計技師として就職
  • 2000 – ブランパンのドイツ時計工房に時計職人として就職
  • 2001 – ディプロマ試験に合格、優秀な成績により表彰される
  • 2001 – アンティーク時計の分野を専門的に追求することを決める。ラエスフェルト城アカデミーで歴史的な時計の手入れ及び修復の資格を取得
  • 2002 – サンクトペテルブルグのペテルゴフ宮殿で修復作業を行う
  • 2002 – 自身の時計工房設立
  • 2005 – インダストリアルエンジニアとしてエスリンゲン大学経済工学学部修了
  • 2005 – 製品プランニング及び設計エンジニアとしてドイツ企業『 フェスツール』に就職
  • 18年前から現在に至るまで、ステフェン・コルネールはアンティーク時計への情熱を絶えず抱き、機械式精密時計の機構やデザインを追求し続けている。

ステフェン・コルネール殿

Certificate

貴殿は本校における2000年度冬期コース(半年間)に開講された「歴史的な時計の修復と鑑定について」の講義を受講し、所定の課程を修了したことを証する。

本セミナーで受講した主な科目内容:
・歴史的な時計の時代分類及び鑑定に必要な基礎芸術学
・修復技能及び保存技術
・製造及びプロセスシステム工学エンジニアリング
・時計に関するドキュメンテーション、文体論、鑑定について

なお、卒業試験は学術論文と実技による制作の2部に分かれており、実技試験では歴史的な懐中時計の修復及びその時計の評価、損害分析、文章と図による記述説明が行われた。